掛け算に関して

算数とは基本的に数学の入門編と考えています。
文科省の指導要領には

算数的活動を通して,数量や図形についての基礎的・基本的な知識及び技能を身に付け,日常の事象について見通しをち筋道を立てて考え,表現する能力を育てるとともに,算数的活動の楽しさや数理的な処理のよさに気付き,進んで生活や学習に活用しようとする態度を育てる。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/san.htm

とありますが、これに異を唱えるものではありません。
その上でやはり数学的に誤っている事や、数学的な必然性がないものは数学としてのルールではなくあくまでも算数教育ワールド*1でのローカルルールであるという事を認識しておく必要があります。
数学としてのルール*2と算数教育ワールドのルールは同じ「ルール」という言葉でもまったくレイヤーの異なるものです。
以下に所謂「掛け算の順序問題」に関して記載したいと思います。

誰向けの文章か?

この文章は基本的に交換法則を習った小学生以降へのものです。
といいつつ本当は将来の自分向けです。自分の子供が小学生や中学生になった時に「あれ?掛け算て1あたり×いくら分なの?いくら分×1あたり?どっち?」みたいになってしまったときにスムーズに答えられるように練習しているというのが本音。

最初に確認しておきたい事…交換法則って?

まず一番最初に整理しておかなければいけないのが乗法の交換法則とは何か?ということです。任意の自然数a,bにおいて
a×b=b×a
が成り立つ場合、自然数の乗法は交換法則が成り立っているといえます*3
逆に「自然数a,bに関してa×bとした場合、自然数の乗法は交換法則が成り立っているのでa×b=b×aが成り立つ」とも言えます。

交換法則の証明

自然数の乗法においては交換法則が成り立つ事は証明可能です。「乗法 交換法則 証明」などで検索をしてみればいろいろ見つかるかと思います。面倒なので詳細省きます。 http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/8836/math008.htm とか読んでください。
一応ざっくりした説明

  • 自然数AについてA×1=1×Aを証明する。
    • まずはA=1の時にA×1=1×Aが成り立つ事を示す
      • ここでは特に「1あたり×いくら分」なのか「いくら分×1あたり」なのかを決めずとも右辺左辺が同式であるので計算せずとも等号で結べる事がわかる
    • 次にA=Kの時に成り立つと仮定し K+1 の時に(K+1)×1=1×(K+1)が成り立つ事を示す
    • K+1で成り立つ事が示せたので自然数AについてA×1=1×Aが成り立つ
  • 次に自然数A,BについてA×B=B×Aを証明する。
    • A=1の時に関しては上記で証明済み
    • 次にA=Kの時に成り立つと仮定し K+1 の時に(K+1)×B=B×(K+1)が成り立つ事を示す
      • ここでB=1の時に関しては証明済み
      • B=Jの時に成り立つと仮定しJ+1の時に(K+1)×(J+1)=(J+1)×(K+1)が成り立つ事を示す
    • J+1で成り立つ事が示せたので自然数Bについて(K+1)×B=B×(K+1)が成り立つ
    • K+1で成り立つ事が示せたので自然数A,BについてA×B=B×Aが成り立つ

証明がわからない時は…

とりあえず「自然数の乗法に関しては交換法則が成り立つ事が証明されている」と知っておいてください。自分で証明できないものは使えないとすると計算機も容易に使う事はできません。そのうち自分で証明できるようになります。

掛け算とは

掛け算てなんでしょうか?
掛け算に関して面白いツイートがありましたのでそれを引用しつつ掛け算てどういうものかを考えていきましょう。

「かけ算とは1あたりからいくら分を求める計算であるとし,1あたり×いくら分 の順序でかくとき「a×b=b×a」が成り立つ」なら「かけ算とは1あたりからいくら分を求める計算であるとし,いくら分×1あたり の順序でかくとき「a×b=b×a」が成り立つ」でしょう? #掛算

https://mobile.twitter.com/Irian4G4/status/473786472646967296

僕はこのツイートをさらーっと流してますが細かく言うと間違ってますし、一足飛びな説明ですね。
細かく見ていきましょう。

掛け算はいくら分を求める計算?

1あたりからいくら分を求める計算

なんか割り算の説明と混ざっているような説明です*4。いくら分を求める計算なら最終的に「=いくら分」になりますが掛け算は「=全体の量」ですよね。「1あたり」「いくら分」という言葉を使うなら「1あたりといくら分から全体の量を求める計算」としたほうが実態に近いでしょう。

1あたり×いくら分 の順序でかくとき

1あたり×いくら分 の順序でかくとき「a×b=b×a」が成り立つ

ちょっと一足飛びなので段階を踏みます。
1あたり=a
いくら分=b
とした場合に「1あたり×いくら分 の順序でかくとき「a×b」」になります。「1あたり×いくら分 の順序でかく」を守った場合、上記のb×aは
1あたり=b
いくら分=a
の場合の式という事になります。

いくら分×1あたり の順序でかくとき

↑を読み替えてください。

「a×b=b×a」が成り立つ

「a×b=b×a」が成り立つとだけ書かれていますが成り立つ理由はなんでしょうか。上記の通り自然数の乗法においてa×b=b×aが成り立つ事が証明されているためこう主張する事が可能なわけです。

「いくら分×1あたり」と「1あたり×いくら分」

これに関しても面白いツイートがあります。

かけ算とは1あたりからいくら分を求める計算であるとするなら「いくら分×1あたり 」「1あたり×いくら分」のどちらかにしないと乗法の交換法則を通常のように「a×b=b×a」で表せないでしょう? #かけ算の順序 #掛算

https://mobile.twitter.com/Irian4G4/status/473796658937880576

わたしなりにではありません。「かけ算とは1あたりからいくら分を求めることである」という前提のもとでの式表現では「いくら分×1あたり」と「1あたり×いくら分」のいずれか一方を選ぶことになり,それらは「両立」させないのが通常であるという話でした。 #かけ算の順序 #掛算

https://mobile.twitter.com/Irian4G4/status/473967486967103488

「いくら分×1あたり 」は「1あたり×いくら分」は

  • どちらかにしないと乗法の交換法則を通常のように「a×b=b×a」で表せない
  • いずれか一方を選ぶことになり,それらは「両立」させないのが通常

ということです。

さて本当でしょうか。

どちらかにしないと「a×b=b×a」で表せない?

自然数a,bについて「いくら分×1あたり 」と「1あたり×いくら分」どちらのルールで書いたのかわからない
a×b
があるとします。

a×b
から
a×b=b×a
が成立するのを導く事は自然数の乗算において交換法則が成り立つ事を証明したのと同じ手順でが可能です。またa×b=b×aが成り立つ場合に交換法則が満たされると言えます。
「どちらかにしなくても乗法の交換法則を通常のように「a×b=b×a」で表せた」ので「どちらかにしないと乗法の交換法則を通常のように「a×b=b×a」で表せない」は間違いであるなるでしょう。そもそも「a×b=b×a」が成り立つ場合に交換法則を満たしているというのですから「乗法の交換法則を通常のように「a×b=b×a」で表せない」を言い換えると、「「a×b=b×a」が成り立つ事を通常のように「a×b=b×a」で表せない」となってしまいます。ちょっと変な話ですね。

いずれか一方を選びそれらは「両立」させない?

これも確認が比較的簡単です。「いくら分×1あたり 」と「1あたり×いくら分」が両立できるとした場合に整合性がとれなければ両立できませんし、整合性が取れれば両立できるという事になります。
1あたり=a
いくら分=b
とした場合
1あたり×いくら分=a×b

いくら分×1あたり=b×a
の両立は整合性はとれます。a×bからa×b=b×aを出すのと同じ手順でよって「1あたり×いくら分」から「1あたり×いくら分=いくら分×1あたり」は出せます*5。数学的には「両立」させることに関してまったく問題はありません。他の理由によって両立させないと算数教育において決める事の是非はここでは問いません。ですが「両立させない」とするのは数学的整合性が取れない事が理由ではないでしょう。

それでも「両立はできない」のか?

ある数体系*6においては乗法は交換法則が成り立ちません。例えば四元数という数体系においては基底というものの乗法は以下のルールがあります。
i^2=j^2=k^2=ijk=-1
ここから以下のように導けます。
ij=k
ji=-k
しかし上記ルールを
i^2=j^2=k^2=jik=-1
にすれば
ij=-k
ji=k
を導くこともできます。
しかし「ij=k」と「ji=k」は別のルールの下で導かれたkであり、たまたまkが同じになったからと言って
ij=k=ji
とすることはできません。

さて「ij=k」と「ji=k」を両立させることはないでしょうけれど,どちらをえらんでも同じ内容をもつ体系がえられるでしょう? #かけ算の順序 #掛算

https://mobile.twitter.com/Irian4G4/status/474139363274547200

このツイートに対して深く考えず「まー同じような体系にはなるわなー」と思って肯定するツイートを僕はしてるんですが、それははっきりいって間違っています。同じようではあるけれど違う系なんですね*7

もうちょっと例を解りやすくします。
例えば
k=8
とした場合以下の式が成り立ちます
4×2=k
ここで
k=2
とした場合以下の式が成り立ちます。
4÷2=k
「4×2=k」と「4÷2=k」はkという文字は同じですが当然「4×2=4÷2」は成り立ちません。両立させたときに整合性が取れなくなる仮定は両立させられない。ごく当然の話ですね。
しかし「1あたり×いくら分」という式からルールは一切変えず「いくら分×1あたり」を導く事は可能です。この二つの決まり「1あたり×いくら分」と「いくら分×1あたり」は同じルールのもとで導く事が出来、両立させても整合性は取れます。よって「両立はできない」とするのは数学的な理由によるものではないと判断できるでしょう。

もっと単純に…

例えば「1あたり×いくら分」と学んでいる人と、「いくら分×1あたり」と学んでいる人で同じ問題を解かせた場合、式や答えは=で結べないでしょうか?もし両立しないのであれば=で結べないという事になりますが当然それらは=で結べます。

もう一度「交換法則」とは?

もし「1あたり×いくら分」と「いくら分×1あたり」がごっちゃになってるなら「3×50=50×3」の両辺はともに「1あたり50円の3個分」を表しているだけかもしれませんよね? #かけ算の順序 #掛算

https://twitter.com/Irian4G4/status/473960219819532289

a×bが「1あたり×いくら分」なのか「いくら分×1あたり」なのかは関係ありません。あくまでも、a×b=b×aが成り立つ事を乗法は交換法則を満たしているといいます。ですので上の問に関しては「そうですね*8。ですが「3×50=50×3」は成り立っているので交換法則を満たしています」という答えになります。言葉に置き換えた場面にとらわれ過ぎで交換法則の本質を見失っているいい例でしょう。

言葉にこだわり過ぎない

算数における言葉の説明は多くの場合「そう表現する事もできる」というだけに過ぎません。例えば掛け算を習う時に足し算の延長として習う場合が多いかと思います。しかし掛け算で足し算の性質を証明するという事も可能なのです。一般的に算数で習うのとは逆順ですね。

算数で教わった言葉による定義に当てはまらないからといって、それが正しくないのかといえばそうとは限りません。

「かけ算とは1あたりからいくら分を求める計算である」とするなら,乗法の交換法則はとりもなおさず,「1あたりaのb分」と「1あたりbのa分」が一致するということでしょう。

https://twitter.com/Irian4G4/status/473841183957868544

例えばこれは乗法の交換法則を言い表すことができています*9。「1あたり×いくら分」というルールであれば「1あたりaのb分」はa×bであり「1あたりbのa分」はb×aになりそれが等価という事ですね。
しかし乗法の交換法則をごく単純に

  • 「a×b=b×a」が成り立つ時、この演算は交換法則を満たしている

と表現しても構わないわけです。a×bが「1あたりaのb分」なのか「1あたりbのa分」なのかは問わず「a×b=b×a」が成立する事はすでに証明済みです。もっと数学的に言うと以下のようになるとの事です。

集合 A とそれ自身の直積 A×A から集合 B (この B は A 自身であってもよい)への写像 f : A×A → B が可換(commutative)であるとは任意の a,b∈A に対して f(a,b) = f(b,a) となることであると定める。

http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/LaTeX/20101123Kakezan.html#A32

「いくら分×1あたり」と「1あたり×いくら分」を両立できるとすると「1あたりaのb分」は「a×b」とも「b×a」とも表せますよね?違いますか? #かけ算の順序 #掛算

https://mobile.twitter.com/Irian4G4/status/473842603444547584

そうです。その通りです。「1あたりaのb分」は「a×b」とも「b×a」とも表せます。まったく問題ありません。

それは何ルールか?

「3+3+3+3」を「3×4」,「4+4+4」を「4×3」と表すルールを定めている場合,「3×4」と「4×3」が同じ12になることが解っていても,このルールに従うなら「3+3+3+3」を「4×3」と表すことは出来ない。

https://twitter.com/tetragon1/status/473288341811523584

この場合のルールはどの程度のものなのでしょうか?
数学という学問体系を共有化するために守るべきルール?
定理?公理?定義?
どれでもなくあくまでもその問題(もしくはその教師、そのクラスにおける)のルールです。例えば割り算をした時に「少数点第3位以下は四捨五入し答えを記入する事」と同程度のルールです。aの平方根を±\sqrt{a}と書こうとか虚数単位の二乗は-1だとかいうルールとはまったく違います。
またこのルールは凡そ教師の自己満足のために採用されていると言っても過言ではないでしょう*10。例えば多くの教師は「1つ50円のリンゴを3個買いました。全部で何円でしょう」という問題で「1あたり×いくら分」」というルールの場合、「50×3」とさえ書いていれば「一つ当たり50円で3個分買ったという意味で式を書いた」と勝手に思ってくれます。それが例え問題に出た順番で適当に掛け算をしたのだとしても。式を見ればどのように考えているのか、問題を意図通り理解しているかどうかを判断できると思っているのです。ですからそのルールに則っていない場合は×になるという事になります。

どうするべきか?

掛け算の順序で〇×を決める事はナンセンスでしょう。なぜなら問題の意味を理解しているかどうかなど式を見ただけではわからないからです。問題文を理解しているか確認させたいのであれば式を見るなどという事ではなく他の方法を用いるべきです。
しかしもしあなたが問題の意図を理解しているなら教師の決めたルールに従って回答をしたほうが無難です。「少数点第3位以下は四捨五入し答えを記入する事」と書いている問題で小数点第1位までしか書かなかったら、もしくは第3位を書いたら間違いにされるのと同じ理屈です。
「たかだか学校の問題で×になるくらいどうってことない」という馬鹿な大人もいますが実際問題として学校で×になるという事は結果的に内申に響くわけで、そうなると進学にも影響が出てくる。どうってことなくないのです。
はっきりいってこんなくだらない事で×になるくらいなら長いものに巻かれてルールに従っておいたほうが賢明です。

でもやっぱり…

掛け算の順番?そんなもんどうだっていい。君がちゃんと理解さえできていれば問題ないのだ。

別件

ちなみに「Irian4G4」というTwitterIDですが、数日前まで「KalessinF09」でした。さらに前には違うIDだったようなので引用したツイートはいつリンク切れなにるか解りません*11

*1:算数以外の道徳におけるサムシンググレート問題なども合わせて小学校教育ワールドとでも呼称しようか?

*2:通常、定義や定理、公理と呼びます。

*3:自然数の交換法則から拡張していけば実数の交換法則や虚数の交換法則も導く事が可能です。

*4:割り算の説明なら「全体の量から1あたりがいくら分あるかを求める計算」という説明も可能です。「全体の量÷1あたり=いくら分」という事ですね。

*5:最初の段階で「1あたりが1×1≠1×1あたりが1」だ!と言う人がいるかもしれませんが、まあそういう人には「単位元」と囁いてあげてください。

*6:ざっくりと「一定のルールで決められた数の概念」程度に思っていてください。

*7:右手系→左手系に変わります。

*8:両辺はともに「1あたり50円の3個分」を表しているだけかもしれない。

*9:すでに記載した通り「かけ算とは1あたりからいくら分を求める計算」というのは微妙な表現ですが。

*10:異論があればどういった必要性・有用性があるのか教えてください。

*11:黒木玄さんに地縛霊と言われているのはこの方だろうか。https://twitter.com/genkuroki/status/475818874323992576